近藤凌介の25年(前編)

先月4月15日、PEACEに入らせて頂いて1年が経ちました。

この1年本当に楽しく過ごさせていただき感謝しております!

そこで、自分を一度見つめ直そうと思いついでに記事にしようと思い立ちました。
文章にした方が頭の中が整理しやすいのです。
皆さんにも僕のこと少しでも知ってもらえたら嬉しいです。

1992年7月27日山口県柳井市という田舎に四人兄妹の次男として生まれました。
両親はメガネ屋を営んでおります。
人生3回モテ期が訪れると言いますが、僕のモテ期は赤ちゃん、幼稚園、小学校で使い切りました。

今はこんな
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ですが昔はそこそこ可愛い男の子だったのです。
ヒーローものが大好きで変な自信と正義感があり、好奇心旺盛かつちょっぴり人見知りな少年でした。
幼稚園のお遊戯会では桃太郎に抜擢されるくらい正義感に溢れてました。

小学校では世間の広さを知り、井の中の蛙大海を知るといいますか。
勉強がめっちゃできるやつ、足がめっちゃ早いやつ、めっちゃ面白いやつがモテると言うのを身を以て体感しました。
僕は勉強もそこそこ、運動はサッカーをしていたので人より少し得意。
とりわけこれがめっちゃ得意やで、みたいなものはない普通の平凡な少年でした。
そしてサッカーとゲームに情熱燃やしてました。

光る泥だんご作りに精を出したのもこの時でした。
地味かつ繊細な作業は昔から好きでしたね。

やがて中学に入学し、一学年の数も90人くらいから180人くらいに増えました。
そして初めてヤンキーという存在に出会いました。

ガチンコファイトクラブかよっていう感じで。

初めはビビってましたが学年が上がるにつれ、僕も男の子なのでちょこちょこやんちゃしちゃうこともありました。
かまってちゃんだったのか、先生に近藤は愛に飢えているとまで言われてました。
しかし、両親と先生には今でも本当に感謝しております。
ただ部活の顧問の先生には頭が上がらず、部活だけは雨の日も風の日も真面目にやってました。
昔から飽き性だった僕が唯一続けられたことでもあります。

それでも特に目立つ存在でもなく、あんまり人前に立つことやみんなの前で笑いを取りに行くようなキャラでもなくこれまた平凡な少年でした。
目立ちたがり屋ではあると思うのですが、なにぶんシャイボーイだったものであまり浮いたことはしない主義でした。

去年の黒歴史。こんなことも絶対しない主義でした。
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そして、この時今でも大好きなXJAPANとhideさんの存在を知り衝撃を受けました。
そして色気付いてワックスを塗りたくったり、香水振りまいたりしてました。

そして中学3年になると受験ということで、その時だけ必死に勉強しました。
特に夢もなかったのでとりあえずそこそこいい学校行って学歴つけときゃいいや、くらいのノリで。
そして担任の先生にも厳しいと言われてたのですが必死の努力が実り、高専に入ることとなりました。

そこで順風満帆な高専生活を送り、将来はS.Eにでもなって大手企業に就職しサラリーマンとして平凡な毎日を送るはず。でした。

本当に他人様にはどうでもいい記事なんですが。
この辺までを前編として次に後編を書きたいと思います。

ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます!

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